たいようの映画の感想

映画を観て感動しても、少し時間が経てば結構忘れてしまうんです。そんな忘れんぼうな自分のための記録なんです。

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ドッグヴィル (シネマライズ)

[ネタバレあります]

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「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でパルムドールを受賞したラース・フォン・トリアー監督の新作。
「奇跡の海」「イディオッツ」「ダンサー〜」は"黄金の心三部作"で、今回の「ドッグヴィル」は"アメリカ三部作"の第一作なんだとか。ややこしい監督ですな。
 この映画はカンヌに衝撃を与え、その内容、撮影方法、映画としての出来映えなど様々な議論を呼んだ。結局カンヌでは無冠に終ったが、この映画が素晴らしいものであったことに変わりはない。
 
 舞台はアメリカの山奥の小さな村、ドッグヴィル。だがそこに映画的セットは存在しない。あるのは床に引かれた白いライン。それでも役者はそこに壁があるかのように芝居をする。無いドアを開ける芝居をする。壁が無いセットを映すカメラは、その村の全てを一望する。
 確かにこれは新しい。新しいのか古いのかよく分からないけど、斬新ではある。
 そしてそのセットが引き出した映画的魅力とはなにか、それは多分、本来あるはずのものが無いことによる、「見えないものが見えてくる」という現象。

 中盤、村人にレイプされるグレースを引いて捉えるカメラ。そこに映るのは何事もないように生活を続ける村人達。本来ならば彼らの周りには家という建物の壁が存在する。だがそれが無いため、レイプ真っ最中の現場のすぐ隣で、老夫婦は楽しげに会話をする。
 もちろん、実際はそこに壁があるのだから彼らがレイプに気がつく術はない。だがこのセットでは、彼らのすぐ脇で行われる悲劇を、彼らが見て見ぬフリをしているようにカメラは写す。村人の狂気。そして、観客もそう感じる。
「本当は彼らは気付いているのに無視しているだけなんじゃないだろうか」
 その疑惑を感じる人間の感性自体もまた、狂気なのだ。
 
 やがて訪れる悲劇も、まるで容赦や情けがない。
 鑑賞後は、人間の醜さ、強欲さ、汚さだけが印象に残る。

 報復の決断をした彼女でさえ、結局は村の人間と変わらないのだ。最後の涙だけが唯一の救いで、あの時彼女は何が悲しかったのだろうか。
 アメリカの映し鏡は排他的な村なのか、それとも自分を痛めつけた村人に容赦ない報復をした女なのか。
 なんか、最近のアメリカ絡みの戦争を思い出しますな。

 相変わらずこの監督はチャレンジャーで、そして酷い映画を作る。けなされようと批判されようと関係ないのかな、この人は。
 でもまあ、新しいのを作っているということ、人になにかを与える映画を作っていることは事実。個人的には凄い好きなんだよね、この人。

 でもきっと、駄目な人には駄目なんだろうなーこういう映画って。

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