2008.04.14 Mon
【書評】山崎ナオコーラ『論理と感性は相反しない』(講談社)
![BPbookCoverImage[1]](http://blog-imgs-23.fc2.com/t/a/i/taiyo613/20080414035653s.jpg)
コーラが好きだからという理由の安易なペンネームを持つ山崎ナオコーラという作家が『人のセックスを笑うな』という強烈なタイトルの作品でデビューを飾ってから約3年。短いセンテンスと改行の多さや情緒的な描写は最近の若者に好まれる、もしくは最近の若者が書きがちな恋愛小説の典型のような文体であったが、『人のセックスを笑うな』には他にない独特の間と情感に溢れ、芥川賞の候補にもなり、映画化(→映画版『人のセックスを笑うな』)もされてヒットを飛ばしもした。しかし華々しいデビューから2年の間が空き、ようやく2作目の『浮世でランチ』(河出書房新社)、続くエッセイ集『指先からソーダ』(朝日新聞社)、再び芥川賞の候補になった『カツラ美容室別室』(河出書房新社)と続けて刊行された。新人文学賞を受賞した作家はその1年以内、つまり話題性が消える前に受賞後第1作を刊行するのが通常だ。だが山崎ナオコーラはそれをしなかった。
なぜか?
それはこの新作を読めば、なんとなく分かる。
* * * * * *
この短編集は、異様だ。
まず、それぞれの話に一貫性がまるでない。恋愛の話、小説家の女が人間関係に悩む話、時代モノ、言葉で遊ぶだけの非物語、かと思えばいくつかの話の登場人物が薄らとリンクしていたり、突如として外国人が登場したりする。さらに『プライベート』など数編に登場する《矢野マユミズ》は、あからさまなほどに山崎ナオコーラ自身を描いているように思える。小説家にとって「自分のことを小説にして書くこと」とはもっとも格好悪いことであり、もっとやってはいけないことのひとつであるはずなのに。
一貫性を放棄し、今までの短編集の通例や慣習、ひいては小説のそれをあざ笑うように無視しているように思える。
小説の中に登場する《矢野マユミズ》が、山崎ナオコーラ自身の分身なのか、それとも自身の分身のように描かれた全く創作の人物なのかは分からないが、もしも後者であれば彼女は相当に巧みに読者を操ることに成功しているし、前者なのだとしたら相当の覚悟でこの本を書いたことだろう。
《矢野マユミズ》は、こう語る。
《私は「出版界」なんてものの中で仕事してんじゃねぇ、ばか。
文章は「出版界」で生まれるんじゃない、現場で生まれるんじゃ》
この一文だけを抜粋すると、彼女がいわゆる文壇というものにかなり攻撃的な思想を持っているのかと思うかもしれないが、決して攻撃的な言葉だけではない。この作品の中で《矢野マユミズ》は、小説を書くという仕事の苦悩や恋愛との両立や編集者や友人への感謝の気持ちを、心の中で繰り返し呟く。
* * * * * *
彼女は普通のOLから突如としてデビューし、さらにデビュー作は映画化までされ、彼女の生活はあっという間に激変しただろう。そして自分と自分を取り巻く環境の変化にとまどい、様々な疑問や鬱屈を溜め込んできたのだろう。これは小説家に限らず世に出るものを作る人であれば多かれ少なかれ経験することで、それぞれにそれぞれの方法で昇華し、昇華しきれなかった人はその感情に縛られて次のステップへと進むことはできない。
僕は『指先からソーダ』と『カツラ美容室別室』は未読なのでそれについては触れられないが、『浮世でランチ』は全く持って面白くなかった。芥川賞の候補になるくらいの書き手なのだから、当然書き方は上手いし、語り口も饒舌だ。だが面白くない。『人のセックスを笑うな』で感じたような麗しい情感をまるで感じられなかったし、読んでから1年以上が経った今、どんな内容だったかももはやうろ覚えだ。山崎ナオコーラはどこに行くのだろうか、読了当時そう思ったことはよく覚えている。
今思えば、彼女も読者も『人のセックスを笑うな』のイメージに縛られていたのかもしれない。
そしてその大きなイメージの壁を破るための作品が、さらに多くの重い感情を昇華するために彼女がとった方法が、この本だったのではないだろうか。
一見安易で直接すぎる昇華方法に思えるが、この作品はひと時も飽きることなく読める。立派なエンターテインメントなのだ。
《プライベートの概念をなくしていこう。自分を公のものにしていく。
もう、小説家としての自分を、本来の自分から切り離すことはできない。》
これも《矢野マユミズ》の言葉だが、山崎ナオコーラが即ち《矢野マユミズ》であろうとなかろうと、これは彼女から世間への、そして自分への宣言なのだろう。
帯に『これが私の代表作です』とでかでかと書くほどに、デビュー作以外が話題に上ることがあまりなかった彼女の満を持しての書きおろし作品。その言葉通りに、不思議な力強さにぐいぐいと引き込まれて読まされて行くような感覚や、メランコリックな匂いなど、様々な山崎ナオコーラを読むこともできる。
読み終えたあと、これから日本の小説の概念をひっくり返し、さらに牽引していくような存在に彼女はなるのではないかと思った、爽快な一冊。
(2008年/講談社)
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| 藍色 | 2008/04/28 03:15 | URL |