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2008.01.14 Mon
あけましておめでとうございます。
と、新年の挨拶から入るのもどうかと思うほどに久し振りのエントリです。
最後に書いたのは9月の「酔いどれ詩人〜」なので、もう丸3ヶ月以上も放置していたことになります。しかもそれ以前も始めたばかりの
仕事に追われて殆ど更新できていない状態だったので、過疎化はすっかりと定着してしまっているようです。
まず最初に、今回は映画のことは書きません。だって観ていないから。
数多くの映画を観て行く中でそれぞれの感想や記憶を忘れないように留めておきたいという意義と、さらには文章を書くというもっと根本的な練習の場としてもブログを始めた僕は今、出版社で雑誌の編集職に就き、エロ本専属で制作しています。とりあえずどこだっていいという思いで受けた出版社で即採用になり、即編集や撮影の現場でコツコツ働けるようになり、さらに入社してすぐに、制作している雑誌の映画ページの担当になりました。
おお、こんな簡単にやりたいことがやれていいのか。
当時はそう思いましたし、今でもそう思っています。
もちろんそのページだけを担当しているわけではないので、毎月ヒィヒィいいながら動画編集や撮影や企画立案や担当している他のページを進行させ入稿し、映画のページに取り掛かるのは一番最後です。
それでも、毎月新作映画5本とDVD2本をセレクトし、そのレビューを自ら書き、それが全国で出版されるということはとんでもない喜び(というか驚きに近い感情)を僕にもたらします。そもそもエロ本に映画ページがあること自体異例なことで(読者ページの片隅で一作品
紹介するスペースを取っている雑誌はまだ多少ありますが、1ページ丸々映画紹介に割くエロ本は、僕の知る限りウチだけです)、偶然にもその出版社に就職し、その編集部に在籍することになり。
なんだか前置きが長くなり過ぎるような気がするので、この辺で本題に。
(ウチのあの映画ページについてのイロイロも書きたいことがたくさんあるのですが、それはまたいつかの機会に)
☆ ☆ ☆
僕は現在雑誌制作という現場に携わり挙句映画のページを独占的にたったひとりで担当するという願ってもない境遇にいます。
しかし、それでもいつからか「仕事がしんどい」「つまらん」と思ってしまう自分がいます。
くるりの岸田繁もあるインタビューでこう述べています。
「プロになったミュージシャンのほとんどが感じてると思うんですけど、音楽が楽しくなくなってきたんです。っていうのは、音楽が仕事になるから。資料として音楽を聴かなあかんし」(ROCKIN'ON JAPAN '07年7月号より)
これは当然ながらミュージシャンに限らず、画家であっても小説家であっても役者であっても極一般的なサラリーマンであっても同じことだと思います。
要因は恐らく「理想と現実の歪み」であり「慣れ」であり、その職に就くことを目指している間の努力が実ることによる燃え尽き症候群的な要素ももあるのかもしれません。これらのことがが「好きなことは仕事にするもんじゃない」なんて言われる所以なのだと思います。
そしてまさに、ほぼ理想と言える職にめでたく就いたにも関わらず、早10ヶ月でやり甲斐を見失っている自分がいるわけです。
初めの半年は、どんなに忙しくとも、やり甲斐に満ちた生活を送っていたと記憶しています。
半年を過ぎた辺りから、少しづつ少しづつ、疑問や不満が募るようになりました。
そして確か2ヵ月ほど前から、何かが振りきれたように「つまらん」と思うようになりました。
正確にはつまらないなんて思っていないし、つまらない要素なんてなにひとつとしてないのに、毎日感じる様々な葛藤や苛立ちをトータルするとやっぱり「つまらん」になるわけです。どれだけの人に分かっていただけるでしょうか、この感覚。
☆ ☆ ☆
話は変りますが、仕事をしている友人と話をすると、ほぼ100%の確立で「仕事を始めてからは時間もないし」と口にします。
通称「時間ないし問題」です。
実際のところ、社会人とは忙しいものです。なんやかんやと忙しいと感じていた大学時代がなんと優雅なフリーダムタイムだったかと思わせるほどに、忙しいものです。社会人になりたての僕と同年代の人たちであれば、その多忙感はさらに増して身にしみることでしょう。
しかしながら、(なんだかこんなヤボなことを言うのも超今更な感じが我ながらしてきたのだけれど)本当に時間はないんでしょうか?
例えば、普通のサラリーマンが9時に家に帰ってきて、次の日は6時に起きるとする。睡眠時間は6時間は取りたいとする。
=3時間。風呂や食事の分を差し引いてさらに通勤中などの体が空く時間を足しても、大体こんなものだろう。さらに土日は休みで8時間ずつ寝たとしても、一週間で47時間の猶予がある。
これは果たして「時間ない」だろうか。
そして僕の場合。めでたく編集者になったもののこれはこれは多忙を極める仕事だと我ながら思っている。休みなんて月に三日あればいいほうだし、夜は通常終電まで、入稿前なら会社で寝起きすることが日常になる。
だから僕も多分に漏れず「時間ないわい!」と呟き続けてきた。大好きだった映画館に行く機会も完全に消滅し、本を読むこともできず、日中の散歩も出来ず。やることと言えば仕事と仕事に関わる本を読むことのみ。それが普通なのだと思っていたし、仕方ないと思っていたし、「編集者たるもの24時間編集者」(BY弊社社長)としてこれが正しいと思っていた。僕はやっぱり仕事が全てではないし、仕事をないがしろにしてでも色んなことをやりたいし見たいと思う人間だったので、それなりに時間を作って遊んだりはしていたつもりだったけれど、それでも仕事以外に費やす時間というのは月日を追うごとに粛々と着々と減った。
多忙を極めた11月から12月、仕事以外のことを考える時間はほぼ皆無となった。
そしてちょうどその頃、僕は仕事を「つまらん」と思うようになった。
確かに僕はそう確信したし、今日にでも辞めたいと何度も思った。
しかし繁忙期を抜けた年末年始、編集長からの様々な脅しを全て無視して僕はがっつりと会社を休んだ。
逃げるように遠出をし、漁るように本を読み、貪るように音楽を聴いた。
それはどれもこれも新鮮で、自分の世界が広がったなぁと思えるような時間だった。
そして再び仕事が始まった今、僕はかつては「時間ないし」と言って読まなかった本も聴かなかった音楽も、ちゃんと読み続けているし聴き続けている。
もう仕事なんてどうでもいいと半ば自暴自棄に、帰宅後家でやらなければいけない仕事も放ったらかしで趣味に時間を費やしている。
するとどうだろう。今月の僕はすこぶる調子がいい。
お世辞にも仕事の進みが良いとは言えないし、心に余裕があるとも言えないし、それにまだ本当に多忙を極めて顔面蒼白になるほど切羽詰るのは月末になってからだ。
だが、調子がいいし気分もいい。と思う。思っている。
ほんの少しだけ「また仕事が楽しくなってきた」と思えるようになってきた。気がするのである。
☆ ☆ ☆
話を本題に戻します。
つまるところ、僕が思う、「やりたいと思う仕事に就いたのに実際にやってみたらつまらなかった問題」を解決する糸口は「時間ないし問題」をいかに打破するかにかかっている。
と思ったのです。
少なくとも僕の場合はそうなのかもしれない、とほんの少しだけ突破口を見つけた気になっている現在の僕なのです。
僕は休みは月に三日か二日くらいしかないけれど、大抵は深夜の1時に帰宅して次の日は昼の1時に家を出る。
1ヶ月で平均してみても、1週間でおよそ30時間弱は時間が余る計算になる。
僕は今の会社に今後永年在籍することはまずないだろうし、きっと近い将来退職すると思っている。というかそう心に決めている。
それでも、少しでも長い間この仕事に、この職場に、愛着とやり甲斐を見出せるかどうかは、「時間ないし問題」をうまく回避し続け、自分がやりたいことをやる時間を上手に捻出することが出来るかどうかなのかもしれないな、と、そう。
まことしやかに思っているし、きっと世の中の多くの「仕事つまらない病」の人たちも同じなんじゃないだろうか。
そう感じているのです。
この30時間を自らの思い描くように消費できたとき、つまり仕事以外の時間を仕事以外のなにかで自分を充分に満たすことが出来た時、もしくは充分と言えずとも何かのきっかけやとっかかりくらいは残せた時、僕は「やりたい仕事に就いてそれを愉しめているナイスな社会人」になれているんじゃないだろうか。なれていると信じたいし、そう信じるしか、僕の、そしてきっと多くの人が同様に抱えているであろう「仕事うんざり病」は解決されないんだろうと思う。
(了)
☆ ☆ ☆
(あとがき)
なんとかそれっぽく締めくくることができたと思う今日の文章です。読み返すと、内容的には凄くあれなのだけれども。
そもそも、今製作している雑誌で数多くの原稿を書くにつれ、その文章に馴れてきてしまって、ちゃんとした起承転結と同時に内容も伴った文章が全くと言っていいほど書けなくなってしまっている自分に気がつき、その練習を兼ねて再びここを利用しようと思った次第です。
ちょっと今日の分は文章が長くなりすぎたし、内容も多分面白くないので、今後がんばります。面白いもの書くようにしよう。極力ね。
| 日記的なもの(かなり過去)
| 04:35
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