
今や名前を知らない人はほとんどいないであろう奈良美智。世界中で個展を開く彼は、今日本で最も知名度の高い画家・イラストレーターの一人なのではないだろうか。
そんな話題の彼ではあるが、このドキュメンタリーでは彼の芸術的魅力を検証するようなものではなく、今日に至る劇的な生き様を振り返るようなものでもない。
これはタイトルにもあるように、奈良氏が共に創るパートナーを得てからひとつの大きなゴールに至るまでの「旅」に迫ったものである。
こちらを睨むような大きな瞳を持つ少女の絵が特徴的な彼だが、韓国でのイベントで彼のファンに「どうしてあんな顔なんですか?」と聞かれると、苦笑いをしながらこう答えた。
「本当はもっとうまく描けるんですよ……。でもどうしてこんな表情になるのか、自分でもよく分からないんです。よく分らないんだけど、書き上げるとああいう顔になってしまう。本当のことに理由はいらないってことだと思う」 彼は大学を卒業後ドイツに留学し、12年をそこで過ごした。その頃にヨーロッパで実力を認められ人気が広がった。日本に帰ってきていちばん驚いたことは、日本の人が自分の名前を知っていることだったそうである。自分が認められていることに、いちばん違和感を覚えていたのも、彼自身だったのだ。
彼はドイツにいるころから、日本に帰ってきても、広いアトリエでたったひとりでキャンバスに向かってきた。これはどんな画家だろうと、他のどんなアーティストだろうとさして変らないだろう。だが彼はあるクリエイティブグループと出会い、人となにかを創ることの喜びを初めて知る。
映画で描かれるのは「初めて友達ができた気分だった」と自ら語ったこの出会いからの一年間である。
奈良美智という人間にも彼の書く作品にも深く迫ったものでもなく、ただイベントを記録しただけの映像ということもできるかもしれない。
だがなにかが確かに心を掴む。
それは奈良氏が突出した芸術家ではなくただの人のよいオジサンとしてスクリーンに映ることと、誰かとなにかを創るという普遍的な喜びを感じられるからなのかもしれない。
12年に及ぶドイツ生活で得たものはなにか、という海外メディアからの質問に、彼はこう答える。
「学校でなにを学んだとか、誰に教わったとか、そういうのはどうでもいいんです。大事だったのは孤独だったこと。どうしようもない孤独や疎外感が僕を創作へ向かわせていたんです。言葉にできないようなものをぶつけるのが、絵だったんです」 恥ずかしそうに笑顔を浮かべる表情からは想像もできないような台詞だった。
彼は「小屋を立てその中に作品を置く」という一連のテーマで行なってきた個展のゴールとして、故郷である弘前市でAからZまで26の小屋を建て、架空の村を創った。それは彼自身、これで引退してもいいと思えるくらいの集大成を創る意気込みだったという。
共にやってきた仲間と、数え切れないボランティアたちと共に。
多くの人々が協力しあい、ひとつのものを創り上げる。
こんな単純なことが、とても劇的に見える。
個展終了後そのセットを燃やす場面で、多くのスタッフが涙を流すのを観ていながら、不覚にもこちらまで感動してきてしまった。
もし鋭い視点で社会に切り込んでいくようなものが高尚なドキュメンタリーであるのだとしたら、これはわざわざ映画にする必要などないほど他愛もないものだ。
だが、人々が共になにかを創ることの素晴らしさと、人との出会いによって起こったある芸術家の心の変化がはっきりとここには映っている。そしてそれは、芸術家に限らず誰にでもあてはまる普遍的なテーマでもある。
なによりも、今までは特に好きなわけでもなく顔も知らなかった奈良美智というオジサンが、可愛くて格好よく見えて仕方がない。
映画の最後に、彼はこう語った。
「人と関わることが多くなってきて、そうしたら最近、むかしみたいなひねくれた子供とかは描かなくなった。
代わりにむかし描けなかったものが描けるようになってきていることは確か。
でも、むかし描けたものが描けなくなっていることも確か。
芸術的にどちらがいいとかは、分らないんだけどね。
でも、いつまでも同じの描いているよりは変わっていったほうがさ……」(2007年/日本/坂部康ニ監督)