2007.02.28 Wed
さくらん (楽天地シネマズ錦糸町)

あの蜷川実花が映画を監督するとなればそれだけで興味がそそるし、脚本がタナダユキで音楽が椎名林檎なら尚のこと、すごい映画かもしれないという予感を抱いていた。
蜷川実花といえば目が眩むようなビビットな色彩が特徴的だが、この映画では当然その自らの代名詞とも呼べるような色彩感覚を駆使し、遊郭を彩る。
まさか当時の遊郭があそこまでド派手だったはずもなく、あまりにロックな土屋アンナ演じる花魁にも違和感を覚える人はいるのかもしれない。だがそれで違和感を覚えるような人はおそらくこんな映画は観ないのだろう。
時代劇でありながら、これは時代劇ではない。かつての吉原遊郭を舞台にした現代劇。
それも現代の女性トップクリエイター達が勢ぞろいして創り上げた、現代の女性へと向けた。
脚本的にはたいした驚きもないし、分かり切ったゴールへ向かうだけの物語ではある。だが(だからこそ?)、この波乱万丈な成長物語は多くの女性の共感と憧れを得るだろうということも想像がつく。
遊郭という華々しい世界を描いたものではあるが、その夢のような華々しさ=現実離れした世界を生きる女性たちの苦悩こそが、監督の描きたかったことなのだろう。
遊女はそもそも親に売られた子供が大半であり、煌びやかな表向きとは打って変わり、莫大な金を稼ぐまではそこから出られないという閉じ込められた存在である。
時代は違えど、その女性達が抱えた苦悩や葛藤はもちろん、人を想う辛さや絶望、日々を仲間達と過ごす楽しさや人間の弱さなどは現代となんら変らないのだろう。
これは写真家蜷川実花が鮮烈な色彩の向こう側にいつも、死や、さまざまな悲しみを込めるのと通じている。
「人より多くを貰うものは、人より多く憎まれる」
「泣いても負け、惚れても負け、勝っても負け」
かつて花魁だった粧ひからかんざしを貰ったきよ葉が、花魁となり遊郭を出る日に、自分の禿(かむろ)にそのかんざしを渡すシーンでは、その少女が立派な花魁になるであろう希望よりも、その悲しみのほうがより濃く映る。
初監督作品としては随分よくまとまっているし、海外受けもいい映画だろうし、監督の類稀な色彩感覚により今まで見たことのないような映像を観たような感じもする。映像に乗ることで不協和音とならないか不安だった椎名林檎の楽曲と歌声も(過剰と感じるときもあったが)かなり効果的に作用していたと思う。
椎名林檎の「意識」(だったと思う。確か)をバックに、劇内の各所を静止画にして繋ぎ早回しで見せた冒頭のタイトルバックまでの過程では、楽曲のテンポや色彩の美しさ、そのマッチングにとてつもない感動すら覚えたほどだ。あれは本当によかった。
閉じ込められた遊女をびーどろの中でしか生きられない金魚に例え、その金魚や生け花などの小道具も有効に使われていた。タイトルバックで使われた静止画に見られるように、映像の色彩だけでなくアングルやフォーカス具合なども蜷川実花の写真集のようだった。
だが、ブツ切りのような編集が酷く気になったのと、子役達の演技下手をどうにか出来なかったのだろうか。白々しい説明口調の台詞を読ませるくらいなら台詞なんてなしでもよかったのに。
あまり深みのない物語ではあるが、さらりと見れてすっきりした気分になれることには分があるし、そもそも男としては菅野美穂と木村佳乃と土屋アンナの濡れ場だけでも充分に楽しむことができた。しかしよくあそこまで脱いで大胆にみせたものだと驚いた。これも女性に人気の写真家が監督であったから為せたのかもしれない。
つまり、鑑賞後の爽やかさはあるが、冒頭の見事なタイトルバックと女優陣の濡れ場で、この映画のハイライトもダイジェストも済んでしまう、という気がしないでもない。
(2007年/日本/蜷川実花監督)
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