たいようの映画の感想

映画を観て感動しても、少し時間が経てば結構忘れてしまうんです。そんな忘れんぼうな自分のための記録なんです。

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舞台:「黒縁のアテ」/劇団イディオサヴァン

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 人はなにを求めて映画を観るか。
 それは感動かもしれないし、旅行気分かもしれないし、知的財産かもしれないし、笑いかもしれないし、単なる暇つぶしかもしれない。
 では人はなにを求めて演劇を観るのだろう? 

 僕は舞台を観に行く機会が多いわけではない。今までに観たのは学生の公演含めて4回か5回程度だと思う。それも偶然だがコメディー風のものが多かった。つまり演劇に詳しいなんて決して言えない。不条理≒アングラじゃないの? と普通に思ったりする(でもそうじゃないらしいね)。
 だから偉そうに感想なんて書くことにも物凄い抵抗があるのだが、正直なところ、観劇中ずっとこう思っていた。
「この役者さん達はなにを求めてこの舞台に立ち、この舞台の作者はなにを求めてこの本を書き、今ここにいる観客達はなにを求めてここに来たのだろう?」

 役者はみなスーツを着込み、不気味なメイクを施し、奇怪な動きを続け発狂したような叫び声をあげる。物語性は(多分)ない。これぞと言わんばかりにアヴァンギャルドであった。
 舞台の隅に置かれたテーブルではさっきまで発狂していた役者が時折腰を降ろし、コーヒーを飲みながら「ケーキってどんなケーキが好きなの?」「やっぱりモンブランかな」「ああそう。ごめん僕モンブランて好きじゃないや」なんていう日常会話をしてみせる。そんな会話の最中でも舞台上では役者が発狂し続け意味不明な台詞を叫んでいる。

 まさに対極である。

 例えば映画監督を目指そうと思ったとき、なぜそれを目指すのかと自問自答すれば「映画が作りたい、表現がしたい」という自分と「違うよただ目立つ仕事がしたいだけだよ、映画が作りたいんだと自分に思い込ませてるだけだよ」という自分がいることに気がつく。
 例えば誰か自分と気が合わない人について語るとき「いいやつだとは思うんだけどなかなか合わなくてさ」と言いいながらも「ハナっから気に食わないから気が合わないようにしてるだけだよ、しかもちょっとフォローしてみて自分の良さもアピールしてるんだよ」と思っている自分もいることに気がつく。

 こう書いても訳が分からないと思うが、そんなことを感じさせる舞台だった。実際訳が分からない舞台だったんだから仕方がない。
 人は対極にあると思えるような感情の間を実は盛んに行き来しているものだと僕は思う。その対極を狭い同じステージの上に配置したような、そんな演出だと感じた。本当にカオスだった。

 舞台の上で盛んに語られた「あの街」というのが一体なにを指していたのかさっぱり分からないし、劇作家がなにを書こうとしたのかも検討もつかない。いやほんとうに。
 ただなにかを創る作業において、なにを表現するかよりも実際に観客がどう受け取ってくれたかに重きを置くというスタンスも当然あるだろうし、この舞台はそうだったんじゃないかと思う。

 ある人物や事象をフィルムに映し、本来あるはずの膨大な時間の流れを切り刻んで凝縮して再構築しスクリーンに映すのが映画ならば、舞台演劇とは限られた空間と限られた時間で生身の体で演じた一瞬一瞬をそのままの状態で観客に受け取って貰うものだと僕は思っている。
 そしていちばんの醍醐味とは生身の体で演じるダイナミズムだ。
 今まで観たどの芝居よりも、この部分では遥かに勝っていた。圧倒されるほどのパワーだった。人間の体ってのは凄いもんだ。


  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 ここで話を最初のほうに戻してみる。

 この役者さんたちは何を求めてこの舞台に立ったのか?
 前から思っていたのだが、役者さんてのは多くの場合台本ありきである。商業的役者とは台本があってこそ存在価値があると言うことだって出来るかもしれない。さらに監督や演出家によって自らのイメージを否定されることだって当然あるだろう。
 だがこの舞台の上で役者さんたちは類稀な表現者であったように思う。それが高尚だとか下品だとか劣悪だとか天才的だとか上手いとか下手とかは軽くどこかにすっ飛ばしておいて、とにかく、ここまでぶっ飛ばして表現が出来るというのは本当に凄いことだと思う。それに(失礼かもしれないが)こういった舞台によくこれだけの役者が集まるもんだとも正直思った。こういうのを多様化っていうのかもしれない。

 次に、この舞台の作者はなにを求めて本を書いたのだろうといういうことだが、劇場(タイニイアリス)のホームページで演出家であり台本も書いた恒十絲さんのインタビューを見つけた(原文はこちら)。
  
 ――最初に思い浮かべたのは、水面辺りを沈んでは浮かび浮遊し続けること。そんなイメージですかね。そんな芝居の持つ重量感を最大の命題にしています。〜中略
 今回は自分にとっての演劇を考えたんですよ。さっき言った重量感を含めて、芝居って何なんだろうかって。新劇もアングラも、小劇場も不条理演劇も、それって何なんだろうかって。〜中略 
 新劇っぽかったり不条理演劇っぽかったり、いろんなことを舞台の上でやってみたい。その上で、芝居って何、俳優って何、という謎かけや禅問答みたいなものを次から次へと繰り出していきたい。そういうイメージはあるんですけどね。伝わるかなあ、と思ったりもするんですがねえ。


 重量感、と言われれば確かにそれはあった。それは先に述べたような対極が併在する多重性であったり、夢や生や死を自問自答するような台詞もそうであったと思う。
 ただ、個人的には、舞台上で「演劇ってなんだろうね?」「わっかんなーい」なんて語られることには強い抵抗を覚えた。理由はよくわからないが、とにかく強い嫌悪を感じた。
 終盤で「結局なにが言いたいのか観客につたわったのかなー?」「無理でしょー」「きっとつまんないって思ってるよー」というような(正確なところは記憶していないが)台詞があった場面で、なんとなく嫌悪の理由が分かった。言い訳がましく聞こえるのである。
 まるで「そんなことないですよ」という返答を強要されているような、自分の非を誰かに言われる前に先に自分で言ってしまえ、というような印象を受けたのである(実際にそんなことを考えて書いたわけでは当然ないだろうが)。

 最後に、人はなにを求めて演劇を観るのか?
 演劇も映画もエンターテインメントである。だがその中でも演劇の特徴、演劇にのみあるエンターテインメント性とは生身の人間がライブで演じるというダイナミズム、臨場感であると思う。
 しかし多くの観客がこの舞台を観て呆気にとられ、なにをどう理解していのか分からなくなっただろうと想像する。僕も当然そのクチであったから。それは物語性というものがほぼ皆無であったからで、あまりにも奇怪な芝居が繰り広げられるからであろう。
 人は映画にも芝居にも小説にも多くの場合物語を求める。物語があるからこそ容易に感情移入でき、物語の中で別の人生を歩くという疑似体験をすることが出来る。
 だがいつのまにか(自分含め)人は物語を通してしかそれらを観ることができなくなっていたのかもしれない。本来演劇のみのエンターテインメント性とはライブで演じられるダイナミズムであったはずなのだから、その側面から考えれば、この舞台は今迄の演劇という枠(=黒縁)をぶっ壊した作品であるようで、実は非常に根源的な演劇であったのかもしれない、と今書いていて思った。実際この舞台が映像化され映画館で上映されても、途中で席を立つ観客は少なくないだろう。演劇というよりはパフォーミングアートにより近い感もあるが、まさに舞台だからこその表現技法であったかもしれない。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 なんだか何について書いているんだか分からなくなってきたし、ろくに演劇観ないくせして随分自分勝手な演劇論みたいにもなってきてしまったような気もする。
 アヴァンギャルドとは聞いていたけど想像以上にアヴァンギャルドで、観劇中はなにか挑発されているような腹立たしさや、落ち着かなさを感じが、それでもタイニイアリスのページでこの劇団についての紹介文を読み、妙に納得した。

 ――2006年4月にタイニイ・アリスで旗揚げ公演「馴れあう観客」を行う。楽屋スペースまで広げた黒いアクティングエリアを舞台に台詞は一切排除し、スタンドライト一つのみの照明を観客にもあて嘲笑し続ける。この舞台では観客が安全な場所はない。3面スクリーンの抽象的な映像や前衛パフォーマンス、ラストの想像を超える仕掛けなど高評価を得た作品である。

 前回の公演も観てみたかった。
 また、先日BRUTUS(2007年2月号)で脳科学者の茂木健一郎氏が芸術家の大竹伸朗氏との対談で語っていたことを思い出した。

「才能ってなんだろうって考えた時に、絶対にこれは間違いない規準があって、それは“過剰だ”ってことなんですよ。僕はあまり練り上げられた端正な表現を出し惜しみするように発表するのは信じられないんですよ」

 この基準で考えれば、もしかしたらこの舞台は天才的だったのかもしれない。そう思うほど、僕にとっては過剰な演劇だった。同時に、茂木氏が今度は広告批評(2007年1月号)で語っていたことも思い出した。

「クリエイターにとって、自己批評っていうのはとても大事。それも出来れば人前で表していったほうがいい。自分の悪いところは人に言われるよりも先に自分で言ったほうが勝ちっていうか」

 ちょっとした偶然かな。
 随分と長くなってしまったので、締めくくりに、劇中一番印象に残った台詞を。

「ここはタイニイアリス(劇場)だぜ。階段を上れば(劇場から出れば)すぐに虚構さ」

(劇場:タイニイアリス 作:恒十絲)

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