
この映画を観ようと思ったきっかけは、プロデューサーが傑作
「21g」のイニャリトゥだったから。だが世間的にこの映画が引く話題は、豪華なキャストだろう。ロビン・ライト・ペン、ホリー・ハンター、キャシー・ベイカーとベテラン女優がずらり。
9つの物語からなるオムニバスで、それぞれのシークエンスで主演した9人全員が、05年ロカルノ映画祭で主演女優賞を受賞、同時に監督賞も受賞している作品。
音楽が挿入されるのはオープニングとエンディングのみで、10分強の物語が静かに進められる。決して劇的なストーリーであるわけではない。むしろなにも起こらない、どこにでもある風景を切り取ったという感じだ。
だが滲み出てくるものがある。若くはない女性の哀切、葛藤。
過ぎていってしまったものを慈しむ想い。
それは演技派の女優達だからなせた業でもあるだろうが、それよりも、それぞれのシークエンスをワンカットで撮るという独特の手法が創りだした空気がそれを生んでいる。これは相当に撮るのが難しかったのではと思うような映像だった。
観客は10分間を彼女と共に歩き、共に見る。だからこそ感じられるものがあるのだ。
9つも物語があれば、それぞれの好みで好き嫌いが別れるだろうが、1つくらいは共感できるものもあるだろう。その中でも恐らく多くの人の心に響いたであろうものが、ライト・ペンが演じた二人目の女性のシークエンス。
偶然に、唐突に昔の恋人と再会し、取り乱し懐慕する様子は、きっと誰の胸にもあたる場所があっただろう。その女性をライト・ペンがあまりにもリアルに演じていた。
もう1つお気に入りを挙げるなら、5人目で若手のアマンダ・セイフライド演じるサマンサのシークエンス。
自分の部屋で落ち着く暇もないほどに両親の部屋を往復し、話し相手になり、二人の間の架け橋となる若い彼女。だがそれを望んでいるのも彼女自身だ。母は彼女にこう助言する。
【大空に羽ばたいて。時は早く過ぎ去るのよ。
チャンスも、美しさも。
人生を見つめることはいつでもできる。
全ては今日起きるの。明日ではないの。今日よ。
それをよく考えて】 恐らく人生の山も谷も歩んで来たのだろう、母の言葉には説得力がある。だが、彼女をこの家に縛っているのもそう助言する両親に他ならない。
それを分かっていても、文句も言わずに笑顔を見せる彼女は、部屋に戻ると疲弊の表情で机に顔をうずめる。
健気な女性の一幕だ。
ちなみにこのお話はちょうど折り返しの5話目ということと、そもそも女性向けの映画であることから退屈し始めた男性客へのサービスのようにも感じた。胸元の開いた服を来て、豊満さをアピール。アップもちらほら。素敵な別嬪さんでした。
それぞれの話は余韻を残す間もなくカットされ、次の話へと進んでしまう。もう数秒引っ張ってから切ったほうが間違いなく余韻を感じられるのに、あまりにもあっさりと。
だがきっとこれも計算のうちだろう。余韻を持たす間もなく切ることで、若干の気持ち悪さと同時に、名残惜しさを感じずにはいられなかった。
最後のシークエンスではダコタ・ファニングも出ていた。だが、どうしたのあの前歯。すっかり不細工になっちゃって。歯が生え変わる時期なのかどうか知らないけど、また歯が生えてきて昔みたいに笑顔が可愛くなればいいのだけど。それがちょっと心配。
全体で振り返れば退屈な時間帯もあったが、それぞれが美しく、魅力的でドラマのあるオムニバスだった。
いくつになっても人は揺らぎ、悩み、悲しむ。
そして女性はいくつになっても女性で、男性にはない切なさと美しさがある。
そんなことを感じました。
こんな映画の男性バージョンも作ってほしいなぁ。
(2005年/アメリカ/ロドリゴ・ガルシア監督)
昨日観ました。
サマンサに助言していたママが、7話で不倫しているっていうのが、なんとも皮肉でしたね。
娘には「羽ばたいて」と言いつつも、家に暗黙のうちに縛り付けている反面、
自分は別の男性を求める・・・。すごい女の性を見たような。
私も2話が好きです。
| rose_chocolat | 2006/07/14 17:05 | URL | ≫ EDIT