【日々は風に流される煙のように、捉えどころのないままに過ぎていってしまう。その前で人は、あまりにも拙く、無力である。昨日を塗り替えることも、明日を覗き見ることもできない。
しかしながら、人は自由に生きることができる。そしてどんなに退屈な繰り返しでも、二度と同じものは存在しない。
煙草の煙と同じようにように】 書けない作家、煙草屋の店主、黒人の少年、片腕を無くした男。四人とその周辺を輪のように話が移動し繋がっている。決して物珍しい描き方をしているわけではないし、特別上手いと感じるわけでもない。
なのに、すごく居心地がよい。
タイトルにもなっている通り、よくもまぁ煙草が登場する。恐らく登場人物の全員(少年以外)が煙草を吸っている。さらにその少年すら、まわりの大人の真似をして一本吸ってみる(むせてたけど)。
もう画面は終始煙がもくもく。
でもなんか、それがまた格好いい。
原作はアメリカの人気作家の短編小説で、その作家自身が映画用に脚本を書いている。全体の話の筋はどこにでもありそうなストーリーだけど、あえてその結末を全て曖昧にしていることや、小さなエピソードがとても魅力的で生きていことが、この映画をグッと素敵なものにしているように思う。
煙草の煙の重さ、やら
転々とする五万ドル、やら
毎日撮り続ける写真の話、やら
カメラを手にするきっかけ、やら。
(原作はこのクリスマスのエピソードが描かれた短編らしい)
こういった手法というのが、なんとなく、人気作家のやりそうなことだなぁと感じた。
そしてなによりもこの映画を支えていたのが、ハーヴェイ・カイテルの芝居、というより渋ーい格好よさ。これはもう、間違いなく。
最初から最後まで、不思議と惹き込まれて、リラックスして見ることができた。当時の現代社会を描いているのに、どこかファンタジーのような空気が漂い、少し地から浮いたような感覚を憶えた。
観ていて居心地のいい映画でした。
最近はめっきり邦画路線に傾いていた個人的嗜好バランスが、この映画のおかげでまたイーブンに戻りそうです。しかし、煙草を吸わない人にはもしかしたらこの映画の格好良さは全然伝わらないのかもしれません。
監督が台湾人で製作に日本も加わっているっていうのがまた驚き。禁煙至上主義の現代じゃ、もうこんな映画は撮れないんだろうなぁ。
(1995年/アメリカ・日本/ウェイン・ワン監督)
いいよね、この映画。
ハーヴェイ・カイテルがものすごく渋カッコイイ。
タバコをテーマにした映画といえば最近では「コーヒー&シガレッツ」なんかがあるけど、俺は「スモーク」の方が好きだな〜。
| くらしまの勇士 | 2006/05/06 20:49 | URL |