2006.04.16 Sun
好きだ、 (シネアミューズCQN)

僕は17歳の頃、どんな恋をしていただろうか。34歳になった時、その恋は僕にとってどんなものになっているだろうか。
そんなことを考えた。
自分の想いを伝えることはとても難しい。実際とは違うように伝わってしまったり、なのに肝心なことは伝えられなかったり。それが高校生なら尚更。
恥ずかしがったり、意地を張ったり、方法が分からなかったり。そうしているうちに、みんな大人になってしまう。もう後戻りなんて出来なくなってしまう。
17年も経てば人は変わってしまう。ギターはもう弾かないし、酒も飲むようになったし、いつの間にか理想の自分も失ってしまったし。
でも17年経っても、変わらないものはたくさんあった。毎日弾いていた曲、お互いを想う気持ち、あの日の約束。
後戻りは出来ないけれど、今から始めることが出来る。そう思えるようになったのはやっぱり、17年という別々に重ねた月日が、彼らをゆっくりと変えたからなのかもしれない。
音楽を使わず、極端に静かに、少ない台詞で、二人の想いを描いている。監督は「tokyo,sora」の石川寛。物語や台詞よりも、表情や風景で観客に訴えかけようという意図を感じた。撮影では役者に脚本を渡さず、いくつかのキーワードやあらすじだけを伝えて演じさせたんだとか(アメリカでは「秘密と嘘」のマイク・リー監督が同じような演出方法をとっているらしい)。会話や、小さな独り言や、仕草のひとつひとつがとても自然で、それぞれの心境を表現していた。
役者としては難しい芝居だったのかもしれないけれど、本当にそれぞれの魅力が出ていたと思う。この監督は人物を撮るのが恐ろしいほど巧いのかもしれない。宮崎あおいにしても永作博美にしても、もう本気で好きになってしまうくらいに可愛かった。西島秀俊も素晴らしく格好いい。瑛太も良かったけれど、共演者がこれでは霞んでしまうのも仕方ない。
それに宮崎→永作、瑛太→西島というこの展開ももう完璧。違和感などまったくなく見ることが出来た。
でも自分の感想としては、この映画は出演者の魅力で惹き込まれた作品であり、映画自体としては非常にギリギリの際どいものだったと思う。
静かな演出や瑞々しい映像は良かったし、そこから感じるものもたくさんあった。物語的にも、監督の表現方法としても、全然嫌いじゃない。むしろ好きなジャンル。
ただ、何故か少々クドいと感じた。それは多分、事あるごとに映される空の映像だったり、居間とキッチンでの姉妹の会話のシーンだったり。
空の映像は、二人の微妙な感情を暗喩していたのだと感じ、居間とキッチンのシーンは、同じ繰り返しのようで少しずつ違う日々の表現だったのだろうと解釈したけれど、いかんせん繰り返しすぎ。あれだけ何度もやられると、こちらとしてはもううんざりな気分になってしまいました。空の映像なんかはもう反則だよって感じた。あんなの見せられたらこちらとしたら否応にも感慨深い気持ちになるんだから。
ストーリー展開も非常に遅く、「退屈だなぁ」と感じるギリギリの所で物語の展開があって持ち直した。別にそのタイミングを狙っていた訳ではないだろうけど、もう少し長い映画だったらきっと寝ていましたね。この手の映画が全然ダメな人もきっといるだろうし。
鑑賞後すぐは「確かに感じるものはあるけれども、ぼんやり」と思ってたんだけど、電車の中でじわじわと沁みて来るものがありました。後味が良いのが効いたかな。感慨深い映画でした。
(2005年/日本/石川寛監督)
| 映画 ☆☆☆☆ | 23:20 | comments:1 | trackbacks:1 | TOP↑

遅まきながら今日見ました。
この映画は同じような恋をした人(大抵の人がそうだと思うけど)が見ると、その時の自分の気持ちに重なって見えて切ないのかも。と思いました。
解釈もいろいろできそうですしね。
| ピュア | 2006/05/12 18:54 | URL |