たいようの映画の感想

映画を観て感動しても、少し時間が経てば結構忘れてしまうんです。そんな忘れんぼうな自分のための記録なんです。

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【随想】結婚式という謎の儀式がもたらす大きな感動の謎

 今日、従兄弟の結婚式に行った。
結婚という名の元に、他人同士の男と女が一生束縛し合うことを認めるための契約を、わざわざ大勢の前でセレモニーとして披露する、謎のパーティー。

 僕は今のところ結婚する予定はないし、結婚したいとも思わない。結婚式に興味をもったことはなかったし、そして結婚式に出席したこともなかった。結婚している親戚や友人は数多くいるが、結婚式を挙げた人がほとんどいなかったからだ。
 結婚式を挙げたいという女性の気持ちはよく分かる。だが僕は結婚式に憧れなんてないし、面倒くさいだけだし、お金ばっかりかかるし、もし僕が結婚する日が来ても、出来れば式は身内だけのこじんまりしたものにしたいと思っていた。

 結婚とはしょせん契約である。それも紙一枚の。
 いかなる結婚であっても、全てが幸福に円満にいく結婚などないし、相手のための貞操を守りきれる新郎も新婦もいやしない。
 付き合うことが別れの始まりだとすれば、結婚は裏切りの始まり。
 と、そこまで言ってしまうと違うかもしれないけれど、限りなくそれに近いものがあると、僕は結婚に対してそう思っている。

 結婚=最大の幸福、と言われることには非常に懐疑的に思う。それは僕自身が、「欲求不満の人妻たち! 〜世界でもっともヤレる人種は人妻〜」みたいなコーナーを作って人妻の実態をさんざん捻じ曲げて伝えている人間だからかもしれない。だけど、それだけではなく、本心でそう思っているところも実際ある。


「健ヤカナル時モ、病メル時モ…」
新婦はカタコトの日本語でふたりに誓いを交わさせる。
「本日はぁ、お日柄もよくぅ」
新郎の上司は紋切り型過ぎて逆に面白いの挨拶をする。
 つうか本日のお日柄は良かったか? 北風ぴゅうぴゅうの完全なる曇りじゃねぇか。
 賛美歌なんて歌ったことないし、アーメン、なんて言われたって僕としちゃキョトンなのだ。


  *  *  *  *  *


 ところが、である。泣くのである。もうホロホロと涙が零れてしまうのである。
 チャペルで、叔母に手を引かれ入場する従兄弟の姿。
 叔母が繋いだ手を、新郎に引継ぐ瞬間。
 弟二人のエスコート。
 手紙を読む友人。
 ケツメイシの「幸せをありがとう」と「涙」。
 祖母への花束。
 叔母への手紙…


 あぁ。なんだこれは。なんだこの感動は。
 幼い頃からたくさん遊んできた従兄弟の姿、蘇る蘇る。
 もう俺死ぬのかと思うほどの走馬灯が駆け巡る。

 隣に座る叔母(新婦である従兄弟の母)は、片親でずっと彼女と弟二人を育てて来て、この瞬間一体どんな気持ちでいるのか僕には想像もつかない。
 その弟ふたりは茶化すように笑いながら式を見守っていたが、終盤になるにつれ、そんな照れ隠しをする余裕もなくなったのか、目を泣き腫らしていた。

 きっと、従兄弟の家族や、祖母はこう思っていただろう。
「あの子を宜しくお願いします」
「幸せにしてやってください」

 そしていつの間にか、寸分違わず、僕もそう心で祈っていた。


  *  *  *  *  *


 「一生愛し続けることを誓いますか」と聞かれて「誓います」なんてはにかんで答えてみたり、たかがキスがそんな誓いの証だったり、いかにもなラブソングを熱唱する友人だったり、それはそれは空々しいことばかりをいかにも大義ぶって演出するのが結婚式だ。
 そんな誓いが一体何の役に立つだろうかと思う。
 そんな誓いを見せるための式に、なぜ大金を使う必要があるのか。

 だが今日僕は思った。
 この白々しくてまったくの赤の他人であれば薄ら寒いことこの上ないイベントが、二人の絆をさらに強固なものにするのだろうと。

 両親への感謝の気持ちを言葉に表し、祝ってくれる友の多さを改めて実感する。このことこそが、他人同士という儚く脆い関係である二人が、お互いに必死で繋がり続けるための一歩目であり、このイベント自体が、一寸先の闇で相手を失わないための最初の努力なのかもしれない。
 そして、この日の感動が、今後二人を繋ぎ止める大きな大きな鎖となるのだろう。


  *  *  *  *  *


 式のあと、結婚ていいな、と思った僕がいた。
 でも相手がいない僕がいた。
 そして相手がいてもきっとまだまだ結婚しないであろう僕もいた。
 それから着飾った新婦の友人たちがキレイでなんとか知り合いになれないかと思案する僕もいた。

 二人がこれからの人生で、少しでも幸せを感じていられますように。
 アーメン。

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【随想】新年の挨拶と「時間ないし問題」について

あけましておめでとうございます。

 と、新年の挨拶から入るのもどうかと思うほどに久し振りのエントリです。
最後に書いたのは9月の「酔いどれ詩人〜」なので、もう丸3ヶ月以上も放置していたことになります。しかもそれ以前も始めたばかりの

 仕事に追われて殆ど更新できていない状態だったので、過疎化はすっかりと定着してしまっているようです。

 まず最初に、今回は映画のことは書きません。だって観ていないから。

 数多くの映画を観て行く中でそれぞれの感想や記憶を忘れないように留めておきたいという意義と、さらには文章を書くというもっと根本的な練習の場としてもブログを始めた僕は今、出版社で雑誌の編集職に就き、エロ本専属で制作しています。とりあえずどこだっていいという思いで受けた出版社で即採用になり、即編集や撮影の現場でコツコツ働けるようになり、さらに入社してすぐに、制作している雑誌の映画ページの担当になりました。
 おお、こんな簡単にやりたいことがやれていいのか。
 当時はそう思いましたし、今でもそう思っています。

 もちろんそのページだけを担当しているわけではないので、毎月ヒィヒィいいながら動画編集や撮影や企画立案や担当している他のページを進行させ入稿し、映画のページに取り掛かるのは一番最後です。

 それでも、毎月新作映画5本とDVD2本をセレクトし、そのレビューを自ら書き、それが全国で出版されるということはとんでもない喜び(というか驚きに近い感情)を僕にもたらします。そもそもエロ本に映画ページがあること自体異例なことで(読者ページの片隅で一作品

 紹介するスペースを取っている雑誌はまだ多少ありますが、1ページ丸々映画紹介に割くエロ本は、僕の知る限りウチだけです)、偶然にもその出版社に就職し、その編集部に在籍することになり。

 なんだか前置きが長くなり過ぎるような気がするので、この辺で本題に。
(ウチのあの映画ページについてのイロイロも書きたいことがたくさんあるのですが、それはまたいつかの機会に)


 ☆  ☆  ☆


 僕は現在雑誌制作という現場に携わり挙句映画のページを独占的にたったひとりで担当するという願ってもない境遇にいます。
 しかし、それでもいつからか「仕事がしんどい」「つまらん」と思ってしまう自分がいます。
 くるりの岸田繁もあるインタビューでこう述べています。
「プロになったミュージシャンのほとんどが感じてると思うんですけど、音楽が楽しくなくなってきたんです。っていうのは、音楽が仕事になるから。資料として音楽を聴かなあかんし」(ROCKIN'ON JAPAN '07年7月号より) 
 これは当然ながらミュージシャンに限らず、画家であっても小説家であっても役者であっても極一般的なサラリーマンであっても同じことだと思います。
 要因は恐らく「理想と現実の歪み」であり「慣れ」であり、その職に就くことを目指している間の努力が実ることによる燃え尽き症候群的な要素ももあるのかもしれません。これらのことがが「好きなことは仕事にするもんじゃない」なんて言われる所以なのだと思います。

 そしてまさに、ほぼ理想と言える職にめでたく就いたにも関わらず、早10ヶ月でやり甲斐を見失っている自分がいるわけです。

 初めの半年は、どんなに忙しくとも、やり甲斐に満ちた生活を送っていたと記憶しています。
 半年を過ぎた辺りから、少しづつ少しづつ、疑問や不満が募るようになりました。
 そして確か2ヵ月ほど前から、何かが振りきれたように「つまらん」と思うようになりました。
 正確にはつまらないなんて思っていないし、つまらない要素なんてなにひとつとしてないのに、毎日感じる様々な葛藤や苛立ちをトータルするとやっぱり「つまらん」になるわけです。どれだけの人に分かっていただけるでしょうか、この感覚。


 ☆  ☆  ☆


 話は変りますが、仕事をしている友人と話をすると、ほぼ100%の確立で「仕事を始めてからは時間もないし」と口にします。
 通称「時間ないし問題」です。
 実際のところ、社会人とは忙しいものです。なんやかんやと忙しいと感じていた大学時代がなんと優雅なフリーダムタイムだったかと思わせるほどに、忙しいものです。社会人になりたての僕と同年代の人たちであれば、その多忙感はさらに増して身にしみることでしょう。
 しかしながら、(なんだかこんなヤボなことを言うのも超今更な感じが我ながらしてきたのだけれど)本当に時間はないんでしょうか?

 例えば、普通のサラリーマンが9時に家に帰ってきて、次の日は6時に起きるとする。睡眠時間は6時間は取りたいとする。
 =3時間。風呂や食事の分を差し引いてさらに通勤中などの体が空く時間を足しても、大体こんなものだろう。さらに土日は休みで8時間ずつ寝たとしても、一週間で47時間の猶予がある。
 これは果たして「時間ない」だろうか。

 そして僕の場合。めでたく編集者になったもののこれはこれは多忙を極める仕事だと我ながら思っている。休みなんて月に三日あればいいほうだし、夜は通常終電まで、入稿前なら会社で寝起きすることが日常になる。
 だから僕も多分に漏れず「時間ないわい!」と呟き続けてきた。大好きだった映画館に行く機会も完全に消滅し、本を読むこともできず、日中の散歩も出来ず。やることと言えば仕事と仕事に関わる本を読むことのみ。それが普通なのだと思っていたし、仕方ないと思っていたし、「編集者たるもの24時間編集者」(BY弊社社長)としてこれが正しいと思っていた。僕はやっぱり仕事が全てではないし、仕事をないがしろにしてでも色んなことをやりたいし見たいと思う人間だったので、それなりに時間を作って遊んだりはしていたつもりだったけれど、それでも仕事以外に費やす時間というのは月日を追うごとに粛々と着々と減った。

 多忙を極めた11月から12月、仕事以外のことを考える時間はほぼ皆無となった。
 そしてちょうどその頃、僕は仕事を「つまらん」と思うようになった。
 確かに僕はそう確信したし、今日にでも辞めたいと何度も思った。

 しかし繁忙期を抜けた年末年始、編集長からの様々な脅しを全て無視して僕はがっつりと会社を休んだ。
 逃げるように遠出をし、漁るように本を読み、貪るように音楽を聴いた。
 それはどれもこれも新鮮で、自分の世界が広がったなぁと思えるような時間だった。

 そして再び仕事が始まった今、僕はかつては「時間ないし」と言って読まなかった本も聴かなかった音楽も、ちゃんと読み続けているし聴き続けている。
 もう仕事なんてどうでもいいと半ば自暴自棄に、帰宅後家でやらなければいけない仕事も放ったらかしで趣味に時間を費やしている。
 するとどうだろう。今月の僕はすこぶる調子がいい。
 お世辞にも仕事の進みが良いとは言えないし、心に余裕があるとも言えないし、それにまだ本当に多忙を極めて顔面蒼白になるほど切羽詰るのは月末になってからだ。
 だが、調子がいいし気分もいい。と思う。思っている。
 ほんの少しだけ「また仕事が楽しくなってきた」と思えるようになってきた。気がするのである。


 ☆  ☆  ☆


 話を本題に戻します。
 つまるところ、僕が思う、「やりたいと思う仕事に就いたのに実際にやってみたらつまらなかった問題」を解決する糸口は「時間ないし問題」をいかに打破するかにかかっている。
 と思ったのです。
 少なくとも僕の場合はそうなのかもしれない、とほんの少しだけ突破口を見つけた気になっている現在の僕なのです。
 僕は休みは月に三日か二日くらいしかないけれど、大抵は深夜の1時に帰宅して次の日は昼の1時に家を出る。
 1ヶ月で平均してみても、1週間でおよそ30時間弱は時間が余る計算になる。 
 
 僕は今の会社に今後永年在籍することはまずないだろうし、きっと近い将来退職すると思っている。というかそう心に決めている。
 それでも、少しでも長い間この仕事に、この職場に、愛着とやり甲斐を見出せるかどうかは、「時間ないし問題」をうまく回避し続け、自分がやりたいことをやる時間を上手に捻出することが出来るかどうかなのかもしれないな、と、そう。
 まことしやかに思っているし、きっと世の中の多くの「仕事つまらない病」の人たちも同じなんじゃないだろうか。
 そう感じているのです。

 この30時間を自らの思い描くように消費できたとき、つまり仕事以外の時間を仕事以外のなにかで自分を充分に満たすことが出来た時、もしくは充分と言えずとも何かのきっかけやとっかかりくらいは残せた時、僕は「やりたい仕事に就いてそれを愉しめているナイスな社会人」になれているんじゃないだろうか。なれていると信じたいし、そう信じるしか、僕の、そしてきっと多くの人が同様に抱えているであろう「仕事うんざり病」は解決されないんだろうと思う。

 (了)

 ☆  ☆  ☆


 (あとがき)
 なんとかそれっぽく締めくくることができたと思う今日の文章です。読み返すと、内容的には凄くあれなのだけれども。
 そもそも、今製作している雑誌で数多くの原稿を書くにつれ、その文章に馴れてきてしまって、ちゃんとした起承転結と同時に内容も伴った文章が全くと言っていいほど書けなくなってしまっている自分に気がつき、その練習を兼ねて再びここを利用しようと思った次第です。

 ちょっと今日の分は文章が長くなりすぎたし、内容も多分面白くないので、今後がんばります。面白いもの書くようにしよう。極力ね。

| 日記的なもの(かなり過去) | 04:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ここ最近の僕は

約1ヶ月更新出来ていない。
と、気がつきました。
なぜか?
映画を観れていないからです。

三月の中頃から、社会人になりました。
仕事なんて大嫌いだし、旅行に行きたいところもたくさんあるし、
やりたいこともたくさんある。
なによりも、いちばん大切にしたいこと、
これをやるんだ
っていうのがはっきりして(し過ぎて)いたので、
しばらくは仕事なんてせずに気儘に過ごそうと思っていたのですが、
まぁ色々ないきさつで。
ただいま社会人。


ちなみに安月給&長時間拘束でおなじみの出版業界です。
まぁやろうと決めたことなので、毎日仕事に追われながらも、
それなりに楽しくやっています。

ちなみに今は成人雑誌(つまりエロ本)を二誌担当しています。
最近のエロ本では珍しく、映画紹介のページなんかもあり、
早速原稿を(少しだけ)書かせて貰ったりしています。

付録でDVDがついているせいもあり、撮影が非常に多く、
昨日・一昨日と原宿で撮影をしてきました。
と言っても、そんな大それたものではないけれど。
僕の役割は、ナンパして女の子を捕まえてくる役割だったわけで。

ものを作るということがどういうことか。

それは映画でもそうだし、その他でもおなじだろうけど、
大体のことは、自分の中で分かっていたつもりでした。

でもそれはやっぱり、
今までの自分が思っていた以上に大変で、
そして楽しいことです。

どれくらい今の仕事を続けるかは分らないけれど、
(一応勤続二年を目途にしています)
今はこれを精一杯頑張ろうと思っているのです。

仕事がらマスコミ試写の招待がたくさん来ていて、
でも基本的に仕事は毎日なんで行く暇なんてないんですが、
仕事は午後からなんで、頑張って早起きしたりして
これからも映画は観たいし、
感想も書きたいし、


と、思っている次第です。
毎月立派な雑誌を、書店とコンビニに並べられるように
例えエロ本だろうと、誰にだって誇れるような仕事を
一生懸命しようと思います。

ちなみに、来週あたり、すごく観たかったドキュメンタリの
「ブリッジ」の試写会に行く予定です(朝起きれれば)。


さて、明日も仕事です。
次の休みはいつになるやら。
グドイブニング。

| 日記的なもの(かなり過去) | 02:17 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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