2006.10.14 Sat
モンゴルで思ったことのまとめ
帰ってきてから早二週間。
今思うたくさんのことを、ウォッカを飲んだ勢いで書き留めます。
これを書き上げて、メソメソするのは終わりにします。
書き留めるというより、もはや吐き出します。
忘れっぽい自分のために、
忘れないうちに、ずっと忘れないように。
今思うたくさんのことを、ウォッカを飲んだ勢いで書き留めます。
これを書き上げて、メソメソするのは終わりにします。
書き留めるというより、もはや吐き出します。
忘れっぽい自分のために、
忘れないうちに、ずっと忘れないように。
そもそもボランティアという言葉が昔から好きではない。
ボランティアとは多くの場合「慈善」という意味合いで用いられ、正確な意味は「篤志家」(大辞林より)「無償奉仕家」「志願者」(大辞泉より)。
後のふたつはいいにしても、慈善・篤志が指すのは、「気の毒な人、弱者への手助け」(大辞林より)、「情けや哀れみをかけること」(大辞泉より)。
これはもちろん日本語におけるニュアンスの問題だし、便宜的に総称する呼び名にいちいち難癖をつけても仕方がないと思う。英語圏では単純に志願者の意で使われる語らしい。
ただ、この言葉ひとつで、「する」人と「される」人の間に大きな壁を作ってしまっている気がずっとしていた。
僕は小さな頃から知的、身体的障害を持った人との関わりが日常としてあり、だからそういうハンディを持った人を出来る範囲で手助けすることはボランティアでもなんでもなく、日常だと思ってた。
だから「ボランティアをしに行こう」という発想があまり好きではなかったし、今でもあまり好きではない。
ついでに言うと、電車にある優先席も好きではない。
* * * *
いきなり話が反れてしまったけれど、その活動の呼称なんかよりも、どんな目的で行なうのか、実際になにを為せたかということが何十倍も大切だ(当たり前だけどね)。
じゃあ今回自分はどんな目的でワークキャンプに参加しただろうか、と考えると、他でもない自分のためだった。
ボランティアがしたかったわけでもない、モンゴルに行きたかったわけでもない、子供達と触れ合いたかったわけでもない。
ただ、今までにしたことがないことをしたい、誰も知らない人の中に交じって自分を試してみたい、なにもない静かな土地でぼんやり考え事をしてみたい、なにかを書いてみたい。
大学に入ってからろくに暇もなく非生産的な作業に明け暮れていた四年間の最後に、ちょっとした思い出が作りたい。
そんな極私的な理由だった(値段の安さも勿論あった)。
* * * *
そんな理由で参加した自分が、果たしてモンゴルでなにを為せて来たのか、今でもさっぱり分からない。
芋掘りは適当にこなし、子供とだって向き合っていない。
草原での最後のワークの日、モンゴリアンガール三人と芋の仕分けをしていた時のこと。
ぐったり疲れて黙っていた僕に、「私たちのこと嫌い?」と聞いた女の子がいた。
すごく驚いたけれど、笑って「ノーノーアイラビューよー」って誤魔化した。でもそのあと変に納得もした。
子供達のことを嫌いだなんて思ったことは一度もなかった。これっぽちもなかった。服を引っ張り本気で殴り煙草を取りあげる子供達でも、可愛くて愛おしいと思っていた。
だけど、正直何度も鬱陶しいと思ったし、いつも逃げ回ってた。
中ちゃんやゴータを囲む輪の中に入ろうとしなかった。
(それは個人的な嗜好として、輪の中にいるよりも輪の外でそれを見ているほうが好きだから、というのもあったのだけれど(だからめーちゃんが撮った写真の中で、ああ俺っぽいな、と思うものがあったよね))
だから、そう思われても仕方がなかったかもしれない。
僕がどんな気持ちで草原での一週間を過ごしていたのか、見える子には見えたのかもしれない。
そう思い、僅かながら反省をした。
それでも別れの日に、「私たちのこと嫌い?」と聞いた彼女が、泣きながら抱きついて来た時、「また来年も来てね」と言ってくれた時、彼女達にはなにもしてあげられなかったけれど、それでも来た意味はあったのかもしれないと思うことができた。
それでいいのかどうかは分からないけれど、そう思ってもいいような気がした。
* * * *
ちょっと難しい話をしてしまったけれど、本当は意味なんてどうでもよくて、モンゴルで多くの経験をして、自分自身が楽しい時間を過ごせて、それで少しでも自分の中に糧が出来たと帰国した時に思えたら、きっとそれでいいんだって、ずっと思っていた。
でも実際は草原にいる間、日に日に自分がたくさんのことを無くして行っているような気がしていた。そんな感覚を覚えていた。
それは善くも悪くも。
日本にいた頃毎日のように感じていた薄汚い類のさまざまな感情はどこか遠くへ行き、とても大切にしていたいろいろなことが酷く下らないと思うようになってしまった。
だから草原をあとにした日、自分が本当に空っぽになってしまったような気がした。
でもボルさんの家に向かうワゴンの中で、そうじゃなかったと気付かされるのだけれど(それについてはのちほど)。
帰ってきてしばらくは、自分は一体なにを得て帰ってきたんだろうと考えても、どうにも全然分からなかった。うまく整理ができなかった。
それは多分、あまりにもたくさんのものを持って帰ってきちゃったからだと最近になって思えるようになった。
* * * *
なにもない草原も、天の川が見れる星空も、地平線から上がる朝日も、沈む夕日も、初めて見た野生のラクダも、馬も牛もヤギも羊も、全てが泣いちゃうくらい素敵だった。
ただ、それらを草原に座って一人で眺めていても、予想していたような言葉なんてなんにも出てこなくて。
自分は素敵な景色を見て、もっと多くの言葉をノートに残せるだろうと思っていたのに、なにも出てこなかった。
旅が終盤になり、思い立って書き始めた時、出てきたのが、仲間達への感謝の気持ちだった。
向こうで出会った人達へのお礼だった。
そのことに、自分で相当に驚いた。
それがボルさんの家に向かうワゴンでのこと。
* * * *
たかが二週間、と思っていた。
それは多分、俺だけじゃなく、他のキャンパーも皆思っていたと思う。
元来自分は友達が少ない。友達の必要性をあまり感じたことがない。
高校の頃死ぬほどバスケをした仲間は今でもたまに連絡を取るけれど、親友とか、そういうのって実際未だによく分からない。
これでも今まで出会ってきた全ての人達に感謝をしている。些細な繋がりも含めて、関わってきた全ての人のおかげで今の自分があると本当に思っている。
だけど、今回だって、友達が出来るなんて思っていなかったし、そもそも友達を作る気なんてはじめは更々なかった。気まずくない程度に仲良くしてればいいやと思っていた。
でも、六日目にタクヤが帰国するときに、不覚にも泣いてしまった。たったの六日なのに、どうして俺泣けるんだろうってそのときに思った。
八日目の朝、前半組と別れた。その時は、泣いちゃうのが嫌で、ちゃんとお別れの挨拶が出来なかった。たったの一週間で、いつのまにこんなに仲良くなったんだろうって、不思議で仕方なかった。
それから、お別れが言えなかったことを悔いてしまった。
子供たちとのお別れの時は、もちろん悲しかったけれど、それ以上に、子供達が別れを惜しんでくれることが嬉しかった。来て良かったと思えた。
オギー先生と最後に抱き会った時は、もう本当に辛くて、辛うじて「ありがとう」って日本語で繰り返すことしかできなくて。
オギーとなんて、酔っ払った時にしか話してないのにさ。
なのに、今までの人生で、いちばん泣いた瞬間だった。
メンバーのみんなと別れたときも、やっぱり泣いてしまって。
空港へ向かう車の中でも、飛行機の中でも、家に向かう電車の中でも、何度も何度もうるうる来ちゃって。
ああ、恥ずかしいね(∵)」
* * * *
これはもう、他の場所で散々告白してきたことで、それらを読んだ人からすれば「マタカヨ」的に思うかもしれないのだけれど。
でも、また言っちゃう。
俺にとってはモンゴルでの全ての経験が貴重な体験だったけれど、二週間(ないし一週間)を一緒に過ごした仲間達と出会えたことが、彼らを大好きだって思えたことが、いちばん嬉しかった。
難しいことは全部抜きにして、それだけで、参加してよかったと思える。
友達が好きとか、大事、なんて、一ヵ月前の自分だったら絶対に言えなかったことだから。
子供達やオギーと仲良くなれたのだって、俺が二週間をとても楽しめたのだって、みんなのおかげ。
一人じゃきっとなにも出来ずに、草原の草むらの上で寝転んでるだけだった。
本当にどうもありがとう。
本当にアイラビューよ。
* * * *
向こうで書いた膨大な量の日記を、何度も読み返した。
読むたびに鮮明に思い出せる。
でも読むたびにどんどん遠くなる。
誰かが言っていたように、初恋。
俺は本当の初恋って覚えてないから、モンゴルが初めての初恋。
だからずっと、夢みたいな思い出として残るんだと思う。
* * * *
最初に話した所謂ボランティアの話と、もう随分食い違ってくるのだけれど、自分はまたワークキャンプに行きたいと思う。お金と時間の関係上色々あるけれど、年に一回くらいは。
それでまずは、来年またモンゴルに行きたいと思う。
どういう形で行くようになるかは分からないし、一年後に気が変わっているかもしれないけれど、現時点では、また行こうと決めている。
きっと来年行っても、俺はまた子供達から逃げ回ってると思う。
またなにも与えられないと思う。
仕事も適当にこなすと思う。
輪の中にだって入らないと思う。
でも、行けばきっと、またなにかを見つけられると思う。
今回がそうであったように。
* * * *
自分のために行ったモンゴルだったけれど、
僕らが行ったことで、ほんの少しでも、
なにかの力になれていたらいいな。
子供達が、僕らと出会えたことで
ほんの少しでも、なにかを得てくれていたらいいな。
僕がモンゴルで得たことの、その十分の一でも
百分の一でもいいから、
子供達が僕らからなにかを得ることが出来たとしたら、
心から、それを嬉しいと思う。
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