2008.05.24 Sat
【雑誌】『真夜中』よ生き残れ
![mayonaka_001_1[1]](http://blog-imgs-23.fc2.com/t/a/i/taiyo613/20080524044531s.jpg)
リトルモアより4月22日に創刊された季刊誌『真夜中』。
渋谷のスクランブル交差点にある大盛堂書店にでかでかとした販促ポスターが張られていて、抽象的なキャッチや今のエディトリアルの流れで考えればかなり挑戦的なデザインなどが目を引いた。
《言葉は真夜中の星、写真は光、
絵はともしび、デザインは夢》
これがメインのキャッチというか、コンセプト的なものらしい。「表現」のようなものを多少かじった人間やそれに憧れる人間からすれば、まさに希望の灯火を与えられるような、もしくは夢へ向かう光を与えてくれる星のようなキャッチだろう。
創刊号にある、「読者のみなさまへ」と題された文章には、こうある。
《「真夜中」のテーマは、文芸、アート、デザインと、ジャンルにとらわれず、人間の想像力、表現の素晴らしさと自由、現実に抗う力、そして自分と自分をとりまく世界を変えようとする意志です。(中略)真夜中のページを、ひとりひとりの手のひらと指先で、灯してください。》
すごいものが売られた、と僕はこの文章を読んだ時に思った。こんなにストレートに「表現」という言葉を雑誌のメインコンセプトに持ってきた雑誌を僕は知らなかったし、何度も読み返せば読み返すほどに、これが「誰かの表現を読みたい人」へ向けた本ではなく、「表現を試みている誰か」へ向けた本であるような気がしてくる。
今は表現の時代だと僕は思っている。時代というか、僕と同世代や僕よりも下の年代、若者と呼ばれる世代の人たちはみな、表現に飢えている。しかしそれは自分の中の価値観を根底から揺るがしてくれるような、もしくはこの世界の価値観をひっくり返すような“誰かが作った”表現ではなく、“自分の”表現方法を、である。言うなれば現状の日本人は誰しもが表現者になれるし、若者の多くは既に何らかの方法で自らの考えや作品や言葉を発表している表現者なのである。
だがツールを持ち、自分だけの表現を昇華しているだけでは《自分と自分を取り巻く世界》は変わらない。自分なりの何かを発信しているにも関わらず、テレビや雑誌で取り上げられる「表現者」の類とは決定的に隔てられている自分という存在があり、それと向き合わなくてはいけないのだ。これは生まれながらネットという表現方法を持っている世代に向けられた宿命かもしれない。
《変えようとする意思》を持たぬままにその手段(手段に近いと思えるもの)を既に持ってしまっている(持っていると思えてしまう)からこそ、本当の「表現」を持っている人に対する嫉妬や憎悪や興味や関心がより高まるのだと僕は思っている。
『真夜中』の購買ターゲットがどこなのかは分からないが、この流れからすれば僕はこの本は間違いなく売れると思っているし、こういった風潮を敏感に感じ取った本なのではないかとも考えている。
* * * * *
作りはA4版の平綴で、巻頭のカラーページは海外小説に対する考察文なのだが、そこに大胆なフォトディレクションが挟まる。贅沢なつくりだ。
2色ページを間に挟み、カラーページでは写真を大きく使用し目を止める。ぼんやりした表情でうつむく佐内正史が印象的だ。
だがパラパラと先に進むと、そのほとんどは文字である。余裕を持たせた文字組みや、途中でまたカラーの写真ページを持ってくるなど変化をつけているが、やはりざっと見た感じの印象は、「文字」である。
さて、この本はすでに発売から約一ヵ月が経つわけだが、今のところその反響というのは聞いていない。まぁ大盛堂書店のプッシュの仕方や挑戦的なディレクションの仕方を見れば、なんとなく売れたんだろうな、ということは予想に堅くない。「表現」という言葉に、今の若い世代は敏感であり、その手のお洒落な雑誌(あくまでもお洒落であること、もしくは名前が有名であること)に飛びつく傾向にある。
だが、バカ売れしたとは思えないし、今後もバカ売れするかどうかは怪しいところだ。
リトルモアは、有名無名に関わらず、表現に携わるものを扱っていくと宣言しているが、この創刊号のコンテンツを見たときに、これといって目玉となる書き手が存在しない。書き手の多くはリトルモア主催の文芸賞などで賞を取ってデビューした若手ばかりだ。松尾スズキや古川日出夫や市川実和子や北村道子や保坂和志らも名を連ねるが、ちょっと地味じゃないか?
今は文芸誌がどうしようもなく売れない時代である。というか本自体がなかなか売れない時代になって久しい。その中で、文主体のこの本を創刊するというのはかなりの冒険だったことだろう。
読んでみれば、内容は間違いなく面白い。大竹昭子の佐内正史に関するテキストなんて見事の一言に尽きる。
若者、もしくは今の時代の流れを実に上手く汲み取ってまとめた本だと僕は思ったし、この冒険をするにあたってのバランスが季刊という選択、1200円という高価な値段だったのだろうというのは分かる。
ある新聞は『真夜中』創刊にあたり、《全く新しい文芸誌の誕生》というような内容の批評を掲載していたが、売れ続けることが出来ずにすぐに衰退してしまっては何の意味も無い。
新しいもの好きが手に取る創刊号が売れても、その後が伸び悩んだ雑誌は腐るほどある。5年経ったときに『真夜中』が本当に《全く新しい文芸誌》となり文学界に、さらには出版会に凛と佇む柱になっていてほしいものだと、創刊号を読み終えて僕は思った。
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